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ホアン・フイチェン『筆録 日常対話―私と同性を愛する母と』

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台湾発・ドキュメンタリー映画製作を通して
レズビアンの母親に娘が向き合う作品
2017年2月、台湾のドキュメンタリー映画『日常対話』がベルリン国際映画祭のパノラマ部門で上映され、LGBTやクィアを主題とする優れた映画に送られる独立賞のひとつ、「テディ賞」の最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞し話題になった。映画『日常対話』は、不遇の子供時代を余儀なくされた本作の監督である娘が、成長の過程で同性愛者である母親との間に生じた深い心の溝を埋めるために、母親と向き合い、関係修復を試みる作品である。

本書はドキュメンタリー映画『日常対話』の製作中に、監督が自分の考えを整理するために綴った文章をもとに、母親を中心とする家族の物語を文字で編んだ、もうひとつのセルフ・ドキュメンタリーだ。

現在、映画監督として活動する著者のホアン・フイチェン(黄恵偵)は、1970年代台湾生まれ。生活のために6歳から母親の仕事を手伝い始める。著者10歳のある日、母親は著者とその妹を連れ、着の身着のままで家を飛び出す。金をせびり、酒に溺れ、家族に容赦なく暴力を振るう父親から、自分と二人の娘の命を守るための決断だった。やむを得ない公的手続きの不備により、著者らは小学校を卒業することができなかった。

ところで昨年アジアで初めて同性婚の合法化を実現させた台湾だが、著者が子供の頃は、同性愛者は異端視されていたし、医学的にも同性愛は精神疾患のひとつと考えられていた。だがそんな保守的な社会だったにもかかわらず、著者の母親は自分が「女好き」であることを世間に隠すことなく過ごしていた。著者もそれが当たり前のことだと思っていた。

思春期にさしかかったころ、著者は自分の母親が世間一般の「おかあさん」とは違うことに気づき始める。さらに著者が誰にも明かせないでいた、かつて父親から受けたある虐待の記憶は、著者のなかで自分への嫌悪と母親への不信感、そして自分はいつか母親に見捨てられてしまうのではないかという恐怖心へと変わり、著者と母親の間の埋められない深い溝となる。

その後、大人になり、自分も母親になった著者の心は、自然とわが子に対する深い慈しみに満たされる。母は女性が好きなのに、どうして結婚して私達を産んだのだろう? 私を産んだ時、母もこんな気持ちになったのだろうか? 著者はその答えを求めて、そして姪たちの「おばあちゃんは男なの? 女なの?」という問いかけに答えるために、20歳のころから撮り溜めてきた母や家族の映像を、ひとつのドキュメンタリー映画に仕上げることを決意する。

本書では、映画にほとんど描かれていない父親を含む、著者と母を取り巻く人物ごとにスポットを当てて、著者の記憶と体験が、活き活きとした文章で赤裸々に綴られる。この本を書くきっかけについて、ホアン監督にたずねてみた。

「文章と映画製作は切っても切り離せない関係にはありますが、二つはまったく異なるメディアです。本を書きませんか? と出版社からオファーをいただいたとき、1本の映画に盛り込める情報は限られているので、映画で伝えきれなかった内容を文章にして補足するというのもいいアイデアだと思いました。また、映画は母に宛てて書いたラブレターのようなものだったので、父親についての描写はごくわずかです。自分と父親の関係を言葉で整理する機会があれば、それは私自身だけでなく映画をご覧くださった皆さんにとっても参考になると思いますし、よりフェアな内容になると考えました。

そのような理由で、私はこの本を書くことにしました。映画を既にご覧になった皆さんにとっては、この本をお読みいただくことで、より深く私の家族の物語を理解していただけると思いますし、まだ映画をご覧になられていない皆さんは、私の体験したことを、文章によって体験していただけると思います。」



  これは私の母の物語です。

  古いしきたりの残る農村に生まれた母は、
  いわゆる伝統的な考え方から外れた女性でした。

  牽亡歌陣を率いる紅頭法師でレズビアン、
  たばこを吹かしながら麻雀に没頭し、
  セクシーな女性の写真が印刷されたビンロウの箱をせっせと集める、
  それが私の母です。

  (本文より)


(版元サイトより引用)

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