『ZINEアカミミ 創刊号 特集:家族』(ZINEアカミミ_創刊号_特集_家族.pdf)

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「血縁や戸籍にこだわらず、気の合う人たちと複数世帯で大きな家の家賃や家事を折半して暮らせば 、コストを抑えつついい暮らしができるんじゃないか」
この仮説のもとに、そうした「いい暮らし」の具体的な実装のとっかかりとして「家」のありかたについて考えなおしてみるためのZINEの創刊号。テーマは「家族」です。



今、みんなで支えあって一生ごきげんに暮らしていくための仕組みと場所=「家」を作ろうと日々やりくりしている。この「家」の仮称は「アカミミハウス」だ。名前の由来については本編「アカミミハウスの気分」を読んでほしい。

なんとなくこの「家」のことをシェアハウスだとかコレクティブハウスだとか言い切りたくないという気持ちがある。それらの言葉はわかりやすいがたとえばコミュニティというものをどうしたって想起させる。地方都市のムラ社会において、拳ですべてを解決してしまいそうなヤンキーたちに日々ビクビクしながらひっそりと暮らした悔しさが清算しきれていない僕のような人間にとって、コミュニティという言葉や、そこにつきまとう「絆」「つながり」みたいなものに対してどうしてもウエエッという気持ちになってしまうのだ。
できたら、そうじゃないやり方で他人と一緒になんとかやってくことはできないか。共同体でも組織でももちろん国でもないあり方。これまでそうしたスキマ需要を引き受けてきたのはたとえば家族だろう。家族というものは、しかしまたやっかいなもので、この言葉にまとわりついた呪いも膨大なバリエーションと強靭さを持っている。しかし、ここならまだ手を出せる気がする。なぜならそこにあるのはまだ抽象的な概念に先立った具体的な個人たちだからだ。具体的な人間関係を前に理念は無力だ。僕はこれを絶望だと思って抱えてきたが、むしろここにこそ希望がありうるんじゃないかと考え直している。そもそも家族だって、血縁関係があったりなかったりするだけで偶然寄り集まった他人同士だ。それであれば自分たちで気の合う人たちを選び合って、居心地のいい「家」を一緒に作っていこうというのだって、そんなにおかしな話じゃないはずだ。むしろ結構いい話なはずだ。そうやってアントレプレナーシップでもって「家」を作る。ベンチャー「家」。

僕はいまこれから作っていきたい「アカミミハウス」をそういうものとして想定している。

「家」において肝心なのは、てんでばらばらで、決して分かり合うこともない他者同士がひとつ屋根の下同じ釜の飯を食うという一点だけでなんとなく寄り集まっていることだと思っている。「家」というのは、連帯というにはいい加減で、共同体というには心もとなく、コミュニティというには流動的である、そういうあいまいな位置にちゃっかり収まることができるんじゃないか。そのあいまいさにこそ、楽観は宿る。そのはず。

ちゃんと楽観するために、解像度高くあいまいさに留まる力をつけよう。このZINEは、そのために作りました。

発行元:零貨店アカミミ

◎目次
渋木すず「パーティーはこれから」
編集部「アカミミハウスの提案」
望月友子「シェアハウス」
いつか床子「柿内夫妻がサンリオピューロランド・ダンジョンを攻略するために用意するいくつかの呪文に関して」
柿内正午「アカミミハウスの気分」
踊るうさぎ「ごきマス日誌」
山岸大樹「もうすこしだけ自由な『ホーム』の構想に向けて」
カゲヤマ気象台「さいきん天気の子とタランティーノの新作を観ました。信じるものに振り切らないといけない時代ですね。」
川本瑠「『家族』のエチュード ―トリュフォー映画をめぐって― 」
編集部「『家』についてもっと考えたいときの本と映画」
柿内の母「母の原稿」

◎本文
64ページ